2015/10/30

ワークショップ(セルフヒプノ)体験談⑬

Sさん 30代 女性


私が今回行った過去生はいつの時代なのか、どこの国なのか、
何の情報も無い状態でした。
見えるものもブツブツとつながりの無い断片でしかなく、
人生の流れもいまいちわからない状態でした。

まず最初に、なんとなく見えたのは、
サウンドオブミュージックでドレミの歌のシーンで
見たような丘を歩いている姿。

私は肩くらいの髪の毛で前髪は真ん中から左右に分け、
外套(?)のような服と帽子をかぶった
金髪碧眼の5歳くらいの幼い女の子の姿でした。

次に見えたのは、石畳の街。
ヨーロッパのどこか…?

赤いレンガでできたメガネ橋のかかった河が見えました。
その近くに当時住んでいた家があったようです。

家の階段を行ったり来たりしたり、
ベッドの上で飛び跳ねたり、
母親(?)の立つキッチンを、背が届かない私は
一生懸命背伸びをして覗いていたりしていました。

今度は場面が打って変わって、
汽車の回転する車輪を、上から見下ろしている光景。
私はその汽車の乗客で、
窓から頭を出して真下をのぞいていたのですね。
家族と共にどこかに移動しているようでした。
そうするうちにどこか駅についたのか汽車からは降りていました。
そこは人がごったがえしていて、
そこかしこから怒号や罵声が上がるような大混乱の場所でした。
石の投げ合いやケンカのような事も起きていたように思います。
幼い私はそのただならない雰囲気がたまらなく不安で、
私を抱っこしてくれている大人(誰かはわからなかった)と
はぐれないように、必死でしがみついていました。

そんな光景のあとに、
またのどかな緑あふれる丘のような所で1人遊んでいる私。
そこには一軒の家もあり、
そこは幼稚園のようなところだったのか、
それとも何か病院のような施設だったのか。

状況がまったくよくわからないまま、
“その人生の終わり間際”に誘導されました。

そこで幼い私が見たのは、
顔を覆い、突っ伏している母親の姿でした。
泣き、わめき、暴れ、力尽きたように倒れ、また泣く。

母親は精神的に錯乱してしまっていたようでした。

当時の私はなぜ母親がそんな状態になっているのかわからず、
ひたすら脅え、
お母さんが怒って泣いているのは、
きっと自分のせいなんだと、
自分が悪い子だからお母さんは悲しいんだ、と、
自分を責め続けていました。

そして、その人生の最後のとき。
どこか森の中のようでした。

死の瞬間は見れませんでした。

見えたのは、真っ青な顔で倒れている幼い自分。
その顔には濡れたような髪の毛が張り付いていて、
服も水を吸ったような重い感じになっている。

ああ、その人生で、私は、母親との無理心中で、
森の中の湖?池?で溺死したんだな、と、わかりました。

そして、私は、発見してくれた人たちによって
引きあげられた自分を、見たんだな、と。


私が見たこの過去生はこれだけでした。
ガイドさんからも特に何の情報も無く、
一体何がどうなってたんだろう??
と言うか、なんか辻褄とかおかしくない??と謎だらけ。

その後、光の存在の所でメッセージをもらう時、
私のすぐ隣に、泣いているとある人が登場。

それは今回一緒にワークに参加していたAさんでした。

なぜかDさんが大泣きしている。
え?なんなんだ一体??と混乱する私を尻目に、
それを見た過去生の私が、あの人の所に行く!連れて行け!と。
私は、過去生の私を抱っこして、
泣いているAさんの所に連れて行くと、
過去生の私は手を一生懸命伸ばして、
Aさんの頭をいいこいいこをするようになでていました。
Aさんが泣き止むと、それを見て過去生の私は満足したようで、
私の方を向き直って、ニッと笑うと、
私の手から下りて走って光の中に行ってしまいました。


これにて私のヒプノは終了。

…謎は深まるばかりでした。


しかし、その後、シェアタイムでまさかの謎判明。

光の存在と共に出てきた○さん。
彼女が、その過去生での私の父親でした。
そして彼女も同じ時代の事を思い出していました。

第二次世界大戦下のドイツ。
ナチスの協力者だった父。
それを知らされていなかった母。
しかし、父からその事実を知らされた母は、
そのショックに浸る間もなく、
幼い私を連れてヨーロッパを転々と逃亡する生活を余儀なくされ。
私も本当は男の子だったそうです。
ただ、逃亡の変装として、女の子の格好をしていたそうです。
不安定な戦時下で信頼していた夫とも離れ離れになり、
更に女子供だけでの逃亡生活に、
母も次第に心が壊れていってしまったのでしょう。
そして、母は、幼い私と心中をした。

Aさんの話を聞いて、
私が見た光景はこのことだったのか、と初めて合点が行きました。


今となれば当時の世界情勢や、父親の仕事の内容もわかりますし、
母親の精神状況も推し量ることができます。
でも、当時の私は5歳程度。
そんなことがわかるわけはありませんでした。
当時の私にとっての世界は、家族の中が全て。
だから、私はあまり当時の第二次世界大戦や、
ナチスと言うものに対しての恐怖やトラウマは無いように思います。

今回私がこの過去生を思い出したのは、
きっと、過去生の私が、父親に会いたかったからなんだと思います。
過去生の私が一生懸命いいこいいこをしていたAさん。
1人過去を思い出して自分を責めていた父親である○さんに、
もう大丈夫だよって言いたかったからなんだと思います。

自分は大丈夫だから、と。
もう泣かないで、パパも笑って!と
だから、いいこいいこしたかったんだと思います。

5歳児の自己満足と言うか(苦笑)


そして、この過去生を思い出したもう1つの理由。
それは、今の私が、
今の母親との関係を見直すためだったようにも思います。

なんと今回は過去生での母親までもが参加していたようで。
過去生の母親だったAさんも、やはりシェアタイムの○さんの話を聞いて
その時代のことを思い出したようでした。

過去生の幼い私が抱いた、母親への不安と恐怖。
そして母をそんな風にしたのは自分だと、自己を責める気持ち。
あの時代、母親が病んでしまったのは
決して自分のせいでは無かったけれど、
当時の私はそんな事は知る由も無かったから、
きっとこのときに創った気持ちはそのまま今の私も引き継いでいます。
そして今回の人生で、更にこの気持ちを育ててしまった自分がいます。
今生の母親と、改めて向かい合う時期であり、
私の中の癒すべき課題を見せられたのだと思います。

ワーク中の過去生の私は、母親の状況を理解できていなかったので、
まだやっぱり母親への恐怖…と言うか、わだかまりはありましたが、
今の私が客観的にちゃんと状況を理解できたので、
過去生の私も、あの時、お母さんが怒ってたのは
自分のせいでは無かったんだと納得でき少し落ち着いたようです。


今回の過去生ワークでは本当に「不思議」と言う言葉だけで
片付けられないような、奇跡のような体験をさせていただきました。

ほんの60年前、親子だった3人が、
こんな風に再会するなんて事あるんですね。
しかも今回はみんな女性な上に、当時子供だった私は一番年上(笑)
でも、実は意外に思い出していないだけで、
自分の周りはそんな関係だらけなのかもしれません。
そう思うと、本当に「今ここで生きている」ことって、
なんて面白く、素晴らしいんだろうと思います。

そして、過去に私が歩んできた人生も、
全てはつながっているんだなと改めて感じました。

アルマさんにはこのような機会を与えていただけて、感謝しています。
ご一緒させていただいた皆様、本当にありがとうございました。

最後に、
まとまりの無い長文になってしまいましたが、
ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

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